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宗教という言葉が使われることになった背景 [etc.]

... <宗教>だが、はじめ西周や福沢先生は<法教>という訳を主張していた。
英語の<Religion>は、キリスト教、イスラム教など、一神教を意味している。

日本のような多神教は、英語では<Polytheism>といい、
欧米の概念の<Religion>には含まれない。
語頭の<ポリ>はポリエチレンなどという場合の接頭語で、
<複>とか<重>という漢字のようなものだと考えると理解しやすい。
<the>は、神の意。
セオロジーといえば神学の意味になる。
最後の<イズム>は、だいたい日本語では、なんとか主義と訳されるが、
実際はもっと幅広い意味を持っている。
たとえば<Narcotism(ナーコティズム)>は、麻薬主義ではなく、麻薬中毒のことである。
<Polytheism>は、複神制度といった意味である。
西周、福沢諭吉という、西欧通のお二人が<法教>を主張したのは、
欧米の<Religion>、つまり教義(ドクトリン)、聖典(テキストブック)を持った
一神教を念頭に置いたからである。

これに対して、小松弘道という人が、<宗教>を主張した。
この人は、のちに霊南阪教会を開いたキリスト者である。
キリスト教を布教する対象として、日本の神道も含めるとすれば、
<法教>では、不適当である。
そこで、先祖崇拝も含めた訳語として、宗教という言葉が提案された。
宗教は、禅の用語として、もともとあった単語である。
<宗>には、先祖の廟屋(みたまや)という意味があるから、
宗教と訳せば、キリスト教、イスラム教ばかりでなく、
日本の神道、仏教なども含まれる。

この小松の主張に、政界のゆうりょくしゃの森有礼(のり)が乗った。
そのため、現在のように<宗教>に決まったのである。
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「韓国が漢字を復活できない理由」豊田有恒(著) / P172-174

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